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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8626号 判決

原告 信成興業株式会社

被告 国 外一名

代理人 朝山祟 外一名

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、原告が東京都渋谷区神泉町三三番地において、昭和三五年より不動産取引仲介業を営んでいる事実、その店舗が、被告国が所有し、その機関たる東京都知事が管理する都市計画街路幹線放射四号線と、都市計画街路補助二五号線を結ぶ支道(本件道路)に面している事実、被告国の機関たる東京都知事が、昭和三八年夏頃より本件道路の拡張工事を始めたが、その後拡張工事にとどまらず、昭和三九年二月一八日、本件道路の路面を原告の店舗前面入口に接して約一・三米の高さに嵩上げる工事(本件工事)を開始し、右工事は同年三月一八日完成した事実は、いずれも当事者間に争いがない。そして、(証拠省略)によれば、本件工事の結果原告店舗が路面より沈下したため、前面出入口からの出入りが不可能となり、店舗の見通しが悪くなる等してその営業上各種の不便不利益な状態が生じた事実を認定することができる。右事実のうち、本件工事により原告の営業に不利益な状態を生じた事実は原告と被告国との間では争いなく、前面出入口からの出入りが不可能となつた事実は、原告と被告東京都の間では争いがない。

二、原告は、右営業収入の減少は本件道路の設置、管理に瑕疵があるため生じた損害であると主張するので、この点につき判断するに、国家賠償法第二条は、元来、民法第七一七条と趣旨を同じくし、危険物を占有管理するものは、その物の危険性から生じた損害について賠償責任を負担すべきであるという、いわゆる危険責任主義に立脚し、ただ、営造物の設置、管理が行政作用に基づく場合にも、その瑕疵に基づく損害につき、国又は公共団体が賠償責任を負うことを明確に定めたものにすぎない。従つて、その規定する道路の設置、管理の瑕疵についても、道路の有する事故発生の危険性という観点から、瑕疵の有無を考えなければならず、かかる観点よりその瑕疵を考えると、道路の危険性は、その特殊な用法および構造に起因するものであるから、道路を一般人車の通行の用に供するうえで、通常具備すべき安全性を欠く場合に、瑕疵があることになる他、たとえば高架道路からの落石、盛土の崩壊のごとく、道路がその構造上有する危険を防止するに足る設備を有しない場合も、その設置又は管理の瑕疵が問題となると考えられる。この点で、通行の安全性に欠陥がなければ瑕疵はないとする被告らの主張は、瑕疵の解釈につき狭きに失する。しかしながら、本件のごとく、道路の設置自体により、周辺土地利用者に営業上の損失を加えるような場合は、道路が有する特殊の用法および構造上の危険性から生じた損害とは到底考え難いのであつて、また、文理上も、このような場合道路の設置、管理の瑕疵があるとは、いかようにしても解せられない。従つて、本件道路に国家賠償法第二条第一項の瑕疵ありとする原告の被告国に対する請求および右主張を前提とする同法第三条第一項による原告の被告都に対する請求はいづれも理由がない。

三、そこで次に、原告の民法第七〇九条による請求につき判断する。原告は、本件工事は被告国の機関たる東京都知事が、工事の結果、原告の店舗前面入口が塞がれて、出入不可能になることを知りながら、漫然施行したものであつて、かかる工事の結果、原告は前記の損害を蒙つたのであるから、被告国はその機関たる東京都知事の不法行為に基づき、民法第七〇九条の損害賠償責任があると主張する(もつとも、公道の工事施行は、国あるいは公共団体のする、いわゆる管理作用として、行政作用の一種であつて、このような管理作用に属する公務員の行為についても、国家賠償法第一条の適用があると解すべきであるが、民法第七〇九条による請求を、国家賠償法第一条による請求にひきなおして判断することは、さしつかえない)。

よつて按ずるに、道路工事は、その性質上、隣接土地家屋の所有者又は居住者に、特別の不利益を与えずに施行することは困難であるが、交通事情の進歩、発展に応じ、公共の福祉のため、かかる不利益の発生を前提としながらも、工事施行が要請される場合が少なくない。このような場合、当該不利益は、財産権そのものに内在する社会的制約上、当然受忍すべきか、そうでなくとも、公共の福祉を目的とする行政作用の性質上、道路工事は適法であつて、ただ、特別の規定によつて、その損失の補償が与えられるにすぎないのが通常である(道路法第七〇条参照)。しかしながら、工事施行が公共の福祉に寄与せず、しかもその施行過程において、法令、条理、慣習等に違反し、当然遵守すべき事項を遵守せず、無用に私権の侵害を生ぜしめるような場合には、当該工事は公共の福祉によつて正当化されず、違法性を有するに至るものと考えなければならない。

そこで本件工事の目的、経過を見るに、前記の争いのない事実に、(証拠省略)を総合すると、つぎの事実を認定することができる。

すなわち、本件工事施行前の本件道路部分(約四〇メートル)は、中央部分を頂点とする凹底をなし、そのため美観をそこなうばかりか自動車の通行にも障害となり、豪雨時には凹底部分に雨水が集中し、施設のマンホールだけではこの排水をすることができず、最底地部分の床下付近まで侵水する状態で、そのような場合には、マンホールのふたをはずす結果(それでも十分排水できなかつた)、一般通行者が下水道に落ち込む危険があつた。たまたま、都市計画事業の一環として、本件道路の拡張工事が施行されることになり、当初の計画では、単に拡張するだけで凹底状態を除去し平坦道路にする計画はなかつたが、昭和三八年六月、本件工事施行監督の衝にあつた、東京都第一特定街路建設事務所長宛、本件道路に面する土地、家屋所有者全員の連名で(原告店舗の所有者海老沢清昭ほか、同人の家族三名の署名押印もあつた。もつとも右署名押印は、同家族の一員海老沢禎子がなし、その後家族の同意を得たものである)、凹底状態に起因する前記の各種の不都合を理由に、補償金を要求しないから嵩上工事を施行し、平坦道路にされたい旨記載した陳情書が提出され、これに基づき、当初の計画を変更し、本件嵩上工事を施行することになつた。その際、借家人である原告の承諾は得なかつたが、陳情者の説明によれば、借家人の承諾も得てあるということだつた。そして、沿道の各戸については、工事による影響の説明がなされたが、原告方に対しては、その措置はとられなかつた。本件工事施行に際しては、工事のため原告店舗の前面出入口より出入りが不可能となるため、側面からの出入りを図り、渡し板や大谷石の階段を設け、不便ではあつたが出入りが不可能なことのないようにした。工事中、原告は、請負人である東急建設株式会社の現場労働者に対し、一応嵩上げ工事の中止を要望したが、責任者まで苦情を申入れることなく、そのまま工事の進行を見守つた。本件工事完成後は、本件道路は平坦となり、原告店舗も付近からの見通しが良くなり海老沢方で昭和三九年一二月一五日原告店舗を路面の高さまで嵩上げる工事をした結果、従前より原告の営業成績が向上した。

以上の事実を認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実からすれば、本件工事は、公共の福祉に合致し、その施行過程においても、無用に私権を害しないよう配慮されているのであつて、これを違法視する事由は、何ら見当らない。このことは、原告主張のとおり、本件道路の滞水が嵩上げ工事以外の方法により防止しうるものであつたとしても、左右されるものではない。けだし、本件工事は、必ずしも排水の便ばかりを目的とするものではないし、平坦化によつて前記不都合は解消され、道路の機能を高からしめるばかりでなく、付近住民にとつても、利益をもたらすものであるからである。原告代表者自ら、前記店舗の嵩上げの結果、本件工事以前よりも営業成績が向上した旨、供述していることからも、このことは容易に納得されるであろう。

右のように見てくると、原告の蒙つた損失は、まことにやむを得ないものとして受忍すべきものという他はない。

以上の次第で、原告の民法七〇九条による請求も失当であつて採用できないし、従つて原告の被告東京都に対する国家賠償法第三条第一項に基く請求も理由ないことに帰するから失当として採用できない。

四、よつて、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 長利正己 加藤英継)

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